「断水になったら、入居者さんの入浴はどうするんでしょうか」
ある特別養護老人ホームの施設長が、防災研修の後にこうつぶやきました。避難所に自力で移動できる人は少ない。水をどこかからもらってくる手段もない。施設にいる限り、ここで何とかするしかない——その現実に、改めて気がついた瞬間だったといいます。
この業界が抱える「水」の問題
介護施設では、入居者の尊厳ある生活を維持するために、日常的に大量の水を使います。
入浴介助(特浴・一般浴)、排泄ケア(トイレ・おむつ交換後の洗浄)、洗濯(シーツ・タオル・着衣の毎日の洗濯)、食事提供(調理・食器洗浄)——これらすべてが水なしには成り立ちません。
100床規模の特養では、1日に20〜30トンの水を使うことが珍しくありません。月に換算すれば600〜900トン。水道代は年間で数百万円になるケースもあります。
そして、もし断水が起きたとしたら。
自宅への帰宅や避難所への移動が困難な要介護者が多い介護施設では、「水が止まっても施設内で生活を続ける」ことが求められます。トイレが使えない、入浴ができない、衣服が洗えない——それは単なる不便ではなく、感染リスク・褥瘡リスク・熱中症リスクに直結する問題です。
課題解決のために検討される選択肢
① 受水槽・貯水タンクの増設 断水対策として最も一般的な手段です。ただし、通常の受水槽は数日分の備蓄にとどまり、長期断水には対応できません。また、定期的な清掃・点検が必要です。
② 給水協定の締結 自治体や給水業者との協定で、災害時の給水車支援を受けられるようにする方法です。ただし、大規模災害時には支援が集中し、届くまでに時間がかかることがあります。
③ 節水・省水設備の導入 節水型洗濯機・シャワーヘッド・便器の更新などで使用量を削減します。コスト削減効果はありますが、抜本的な「水源確保」にはなりません。
④ 自家井戸の掘削 地下水を自前の水源として整備する方法です。停電・断水に対して独立した水供給を確保できます。
井戸掘削を選んだ場合のメリット
介護施設に井戸を導入する意義は、コスト削減と防災の両面にあります。
コスト面では、平時から井戸水をトイレ洗浄・洗濯・清掃用水として活用することで、上水道の使用量を大幅に削減できます。飲料・調理用には引き続き上水道を使い、それ以外を井戸水で賄う「二系統運用」が一般的です。
防災面では、上水道が止まった状況でも、自前の揚水ポンプが動く限り水の供給が続きます(停電時は発電機との組み合わせが必要)。トイレ・清掃・洗濯用の水を確保できるだけで、施設の被災時対応力は大きく変わります。
補助金が活用しやすい業種 介護施設への井戸整備は、自治体の防災・BCP関連補助金の対象になるケースがあります。「地域の要介護者を守るインフラ」という位置づけで、社会福祉法人への設備補助や防災まちづくり助成金が活用できた事例があります。施設の所在自治体に相談する価値があります。
知っておくべきデメリットと、その向き合い方
飲料水への使用には水質基準のクリアが必要 地下水を飲料・調理に使う場合、水道法の水質基準に準じた検査が必要です。地域の地質によっては基準を超える成分が含まれることがあります。
→ 対策: 飲料・調理用には上水道を維持し、トイレ・洗濯・清掃などの「生活用水」に井戸水を充てる用途分けをすることで、水質要件を大幅に緩和できます。
停電時の揚水には発電機が必要 電動ポンプで揚水する井戸は、停電時には動きません。
→ 対策: 既存の非常用発電機と連携させた回路設計にしておくことで、停電時も揚水を継続できます。施設にすでに発電機がある場合、比較的低コストで対応できます。
施設敷地内での掘削場所の確保 建物・駐車場・避難経路などの制約の中で、掘削位置を確保する必要があります。
→ 対策: 敷地図と建築図面をもとに、掘削可能箇所を事前に確認します。多くの施設では庭や空きスペースを活用できます。
「防災計画に水源確保と明記されていても、具体的な手段がない」という施設は少なくありません。まずは「この敷地で掘れるか」という現地確認から始め、補助金の活用可能性も含めて検討してみてください。